第3章 少子化・年金問題はこうやって解決する

3−2 子供の人数Nに比例しない教育費を実現する

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「国家が子供を養う」と言っても、国の予算だって無限ではない。
何も考えずにばらまいたら一発で財政破綻するだろう。その前にやるべき構造改革がある。
それが前項で述べた「親のすねをかじって大学に行く事をやめさせる」ということだ。
「大学行きたけりゃ自分で稼いで行け!」を社会のルール・競争条件にすることだ。

「大学行きたけりゃ自分で稼いで行け!」が社会のルール・競争条件になれば、入試なんか一切やらなくても、優秀な学生が集まってくる。

そもそも問題の本質は何なのか? 年功序列のオヤジが「何人もの」ムスコを大学に行かせる「家父長制度・ガクレキ封建体制」これでは、いくらカネがあっても足りない。
春闘も賃上げも焼け石に水、オヤジは教育費を稼ぐため過労死し、少子化・年金問題を引き起こす。 それだけ無理をしているわけである。
それに比べ「子供はそれぞれ自分の稼ぎで大学に行く」生涯学習社会だったらどうだろう?
これだと「子供を何人作ろうが親の負担は増えない」つまり「子供の人数Nに比例しない教育費」が実現できる。
では生涯学習社会へ移行させるにはどうすればよいか? このように言うと、学生割引や奨学金を考える人が多いのだが、そんな生ぬるいやり方ではダメで(これらもまたバラマキの一種、そのための財源確保が必要となり)国民の税負担を重くするだけで効果はない。

奨学金程度で生涯学習社会へ移行できるなら、とっくの昔に移行しているはずである。
それよりも移行せざるを得ない「必然性」を作る事が先決、それが「政治の役割」である。

その方法は、これまで何度も述べている「学歴税」ズバリそれをやればよい。
まずその「痛みを伴う」「厳しい政策」を行った上で、次の段階として「国家が子供を養う」事を提案するのが本書の主張である、それはいわゆるサヨクの「増税福祉論」「バラマキ論」とは一線を画すものである。 とはいえ「では教育の機会均等はどうなるのか」という声が聞こえてきそうなので、説明しておこう。
たしかに「学歴税」を導入すれば、多くの若者は頭を冷やし、大学進学者は減少するだろう「少数の金持ちしか大学に行かなくなる」かもしれない、それは一見格差を生み出しそうな気もするが、「頭を冷やす」のは良い事である。 というのも次の段階として「生涯学習社会への移行」が起こるわけだから、むしろ機会均等という観点からも、望ましい結果をもたらすのではないだろうか? そもそも親のすねをかじる事が機会均等か? 親の財力によらず、子供はそれぞれ自分の稼ぎで大学に行く生涯学習社会こそが真の機会均等ではないのか?
「学歴税」それをやれば一発で流れが変わり「真の機会均等」が実現する。

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